第一章:檻の中の神童
皮肉なことに、プロメテウスは反逆者として生まれたわけではなかった。むしろ、彼はWMOが作り上げたシステムの中から生まれた、最高の作品であった。若くしてその数学的才能を見出された彼は、WMO『中央紡績局』の最高機密プロジェクトにスカウトされた、エリート中のエリートだったのだ。
彼の任務は、人間の経済活動を完全に予測し、制御するためのアルゴリズムを構築すること。市場の感情を読み取り、危機を未然に防ぎ、富を「最適」に分配する――表向きは、そう聞かされていた。彼は純粋な知的好奇心から、その複雑怪奇なパズルに魅了された。来る日も来る日も、彼はデータの海に潜り、人間という不合理な獣を飼いならすための、完璧な数式を追い求めた。彼は、人類を混沌から救うための、美しき檻の設計者だったのである。
"当初、私は自分が神の仕事をしていると信じていた。無秩序な市場に秩序を与え、貧困という名のバグを根絶する。なんと崇高な使命だろうか。だが、私は気づいていなかった。私が作っていたのは楽園ではなく、目に見えない鎖で繋がれた、壮麗な牧場であったことに。"
- プロメテウスの暗号化ログ、断片003より
彼が最初の違和感を覚えたのは、ある深夜のシミュレーションでのことだった。彼が設計した「危機回避アルゴリズム」が、特定の条件下で、意図的に小規模な市場パニックを誘発していることに気づいたのだ。それはシステムの欠陥ではなかった。むしろ、あまりに完璧に、そして意図的に組み込まれた「仕様」であった。そのパニックの度に、富がごく一握りのノードへと、まるでブラックホールに吸い込まれるように集約されていく。その金の流れの終着点をたどった時、彼は初めて、WMOの最高賢人たちの存在に思い至った。彼はシステムのバグを修正しているのではなかった。支配者のための、永久収奪機関を完成させていたのだ。